top of page
検索

AIが作った音楽は、音楽なのか。

執筆者の写真: e-Mu
e-Mu
9月6日
読了時間: 6分

更新日:9月24日



僕はAIを使って音楽を作っています。


なので、ときどき考えます。


AIが作った音楽って、音楽なんだろうか。


自分で作っておいて、こんなことを言うのも少し変ですが、これは意外と簡単には答えられない問いです。


AIにメロディを作らせて、歌わせる。


そうやってできた曲を聴いていると、「これは自分が作った曲なんだろうか」と思うことがあります。


でも、その一方で、何度も聴いているうちに好きになってしまう曲もある。


そうなると、また分からなくなります。


「誰が作ったか」と「その曲が好きか」は、別の話なのかもしれません。


たとえば、目の前に知らない曲が2曲あるとします。


一曲は、何年も音楽を勉強してきた人が、時間をかけて演奏して作った曲。

もう一曲は、AIを使って作られた曲。


どちらが良い曲か。


作った方法を知らなければ、普通に聴いて判断すると思います。

ところが、

「実はこの曲、AIで作られています」

と後から知らされたら、曲の聴こえ方が少し変わる人もいると思います。


僕自身も、そういう感覚が全くないわけではありません。


たぶん人間は、音だけを聴いているわけではないからです。

例えば、誰かが何年もかけて作った絵を見るとき。

その人がどんな場所で、どんな人生を生きて、何を考えながら描いたのか。

そんな背景まで含めて、その作品を好きになることがあります。


音楽も同じです。

「この人は、このときこんなことを考えていたんだろうな」

と思いながら聴くことがある。


だから、人間が作った音楽には、音そのものとは別の価値があります。


その人が生きてきた時間。

失ったもの。

経験したこと。

練習した時間。

誰にも見せなかった感情。


そういうものまで、僕たちは音楽と一緒に受け取っているのだと思います。


では、AIにはそれがない。


少なくとも、今の僕はそう考えています。


AIには、人間のような人生があるわけではありません。


失恋したこともない。

子供の頃の記憶もない。

誰かに言われた一言を何年も引きずることもない。


だから、AIが「悲しい歌」を作ったとしても、その悲しみをAI自身が経験したわけではありません。


それなのに、その曲を聴いた人が悲しくなることはある。


ここが、僕にはすごく面白いところです。


音楽の感情って、作った人の中にあるものだけなんでしょうか。

僕は、そうでもない気がしています。


例えば、映画を見て泣いたとき。

画面の中で起きていることは、自分の人生ではありません。

登場人物も、自分ではない。

それでも泣く。


音楽も同じで、作った人が実際に経験した感情でなくても、聴いた人の中に感情が生まれることがあります。


そう考えると、


「AIに感情があるのか」よりも、「その音楽を聴いた自分に何が起きたのか」の方が大事なのかもしれない。


最近は、そんなふうに考えるようになりました。

もちろん、だから「AI音楽は人間の音楽と全く同じ」と言いたいわけではありません。


むしろ、違うと思っています。


人間が作る音楽には、人間にしか作れないものがある。


演奏の癖だったり、声の揺れだったり、失敗だったり、長い時間をかけて身につけた技術だったり。

そういうものは、これからAIがどれだけ進化しても、簡単には同じものにならないかもしれません。


そして、それは残っていてほしいと思っています。


僕はこれまで人間が作ってきた音楽を、とても尊敬しています。


何年も楽器を練習して、何度も失敗して、ようやく弾けるようになった一音。

自分の声と向き合いながら、何度も歌い直した時間。

誰かに届くか分からないまま、それでも曲を書き続けた夜。

そういう時間の積み重ねが、これまでの音楽を作ってきたのだと思います。


AIを使うようになったからこそ、人間がこれまでどれだけ多くの時間をかけて音楽を作ってきたのかを、以前より意識するようになりました。


僕にとってAIは、人間の音楽を否定するものではなく、これまでとは違う方法で音楽に触れるためのひとつの道具です。


だから僕は、「AIが人間の音楽を置き換える」という考え方には、あまり興味がありません。


むしろ、


人間が作る音楽と、AIを使って作る音楽が、これからどう並んでいくのか。


そちらの方が気になります。


AIが音楽を作れるようになったことで、「音楽を作る」ということ自体の意味も少し変わったと思います。


以前なら、曲を作りたいと思ったら、

楽器を練習して、

コードを覚えて、

録音して、

歌を練習して、

ミックスして、

という長い道のりがありました。


もちろん今でも、それは素晴らしい方法です。


でもAIを使えば、楽器が弾けなくても曲を形にできる。

これは、かなり大きな変化です。


一方で、簡単に作れるようになったからこそ、

「じゃあ、何を作るのか」

という部分が以前より重要になった気もします。


AIに「悲しい曲を作って」と言えば、それらしい曲は作れます。

「切ないピアノバラード」と言えば、それらしい音楽も出てくる。

でも、それだけでは、たぶんすぐに聴かれなくなる。


作れることと、作りたいことは違うからです。


僕自身、e-Muの曲を作っていて何度もそこにぶつかります。


AIに任せれば、いくらでも曲は作れる。

でも、

「この曲を残したい」

と思えるものは、そんなに多くない。


だから最近は、AIに何を作らせるかより、


自分は何を聴きたいのか。

何を言葉にしたいのか。


そちらを考えることの方が増えました。


たぶん、AI時代になっても、音楽を作る人間の仕事はなくならない。

ただ、少し変わるんだと思います。


「演奏できること」や「作曲できること」だけではなく、


何を選ぶのか。

何を捨てるのか。

どこまで直すのか。

何を残すのか。

そして、そもそも何のためにその曲を作るのか。


そういう部分が、今まで以上に重要になる。


AIがたくさんの音楽を作れるようになったからこそ、最後に残るのは「作れる人」ではなく、「選ぶ理由を持っている人」なのかもしれません。


e-MuはAIを使っています。


これは隠すつもりもありません。


でも、AIそのものを見せたいわけでもありません。


「AIでこんな曲が作れます」という実験だけをしたいわけでもありません。


AIを使って、どんな音楽ができるのか。


その音楽を聴いた人の中に、何が残るのか。

自分でもまだ分からないので、しばらく作り続けてみようと思っています。

もしかしたら、何年か後には今とは全然違う考えになっているかもしれません。

それでもいいと思っています。


AI音楽についての答えを出すために、e-Muを始めたわけではないからです。


ただ、今まで存在しなかった方法で音楽を作れるなら、


一度、自分でやってみたかった。


それが、e-Muを始めた一番シンプルな理由です。


そして、その先にできた音楽を、


「AIだから」


ではなく、


「この曲、なんか好きだな」


と思って聴いてもらえたら。

今は、それで十分だと思っています。

 
 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。
bottom of page